遠足、赤井嶽薬師

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今までの人生で経験したことを書いてみました。

   
   

遠足と赤井嶽薬師

六年生まで通った小学校は、常磐線たいら駅から四キロほどのところにあります。
当時はまだ村立でした。

毎年ゴールデンウイーク前に遠足があり、三年生までの行く先は赤井嶽薬師と
決まっていました。
 
当時は、まだまだ食べ物が不足していました。それが遠足の時にはゆで卵が丸ごと幾つでも、サイダーがビンのまま丸ごと一本飲めたんです。
それはもう、クラスの誰もが遠足をどんなに待ちかねたことやら。
それだけ食糧事情が悪かったのです。
 
しかし、雨天になると遠足は中止です。日を改めて、また遠足にゆくことはまずありません
でした。
そのま遠足は中止となり、教室でリュックの中のお弁当を食べるのです。
それでも普段食べられないものが食べられて楽しかったもんです。
 
今では、赤井嶽も乗用車で簡単にあがれますが、当時は、2、3メートル幅のキコリ道
のような道が半分でした。
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遠足とはいえ父兄の中には、行く場所がひどすぎると云う人もいました。
 
中腹には待人堂(まっとう堂と読みます。)と云うお堂があり、そこが遠足の
目的地なのですが、片道三時間です。


険しい頂上まで上れない人たちが、ここで待っていたからこの呼び名があります。
学校に上がったばかりの一年生にはきつい遠足でした。
 
赤井嶽薬師と云うのは、赤井嶽と云う海抜605の山があり、その山頂に水晶山常福寺
と云う福島八十八箇所霊場、結願札所でもある真言宗智山派のお寺があるのです。
本尊が薬師如来のために、昔から赤井嶽薬師と呼びます。
 
赤井嶽薬師は、奈良時代の大同元年(806年)に源観上人と云う人により開かれ、
1200年以上経っています。
海抜605メートルとは云え当時、大半が赤土の露出した胸突き八丁の道は、
大人でも頂上まで六時間もかかりました。雨後は、滑って上れません。
 
赤井嶽薬師の秋の例大祭は、近郷近在何十ヶ町村から参詣人が訪れます。
昔は、そこで知り合って結ばれたご夫婦もたくさん居たそうです。

とにかく、近い人達でも日帰りは無理なので、
夜中に最終の列車で来て夜中に登ってお堂の下などで夜明けを待っていました。

子供ながらいつも感心していたのは、1200年前にこういう立地条件の山をどうやって
探したかと云うことばかりでした。
人間、水がなければ生活できません。
ところがここは、山頂に水が湧き出しているのです。
 
また、一抱え以上もある本堂のヒノキの柱は現地で取れるにしても、石段や屋根などは、
奈良時代にどうやって運び上げたものでしょうか ?
胸を突く山道を三時間も登るのです。信仰心の強さと云うものの強さを感じます。
 
頂上には泉が湧いています。「弘法水」と呼ばれて、名水撰にも選ばれています。
弘法大師が湧き出させたと云う伝説があり、泉の上に大師坐像が祀られています。
どんなに日照りが続いても涸れることがなく、眼病の人がこの水でめを浄めると速やかに治る
と云われる霊泉です。 定期的に車で汲みにくる人も大勢います。
 
十一月になるとすばらしい紅葉が見られます。
樹齢、数百年経った杉やヒノキの原生林の間に見られる紅葉とのバランスは素晴らしいです。

晴れた日には、遠く小名浜港の先に太平洋が美しく見えます。
 
郷里のいわき市には、このほかにも遠足に適した名勝はたくさんあります。
しかし、何故か遠足と云えば思い出すのは赤井嶽薬師です。
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