花 ・ 人生 ☆ 人生に花をそえるページ

  

☆ 人生、花のとき



      ☆ 人生、楽しかったとき
いままでの人生で経験したことを書いてみました。



                             2007.10.27更新

私は、「花」を人生の勢いのあるとき、人生、のとき、盛りのとき、人生の日の
当たっている時、
人生の幸せなとき、人生の楽しかったとき、という意味で使いたいと
思います。
 
人生もそろそろ終章の入り口を迎えますと、原体験が、その後の道に
大きな影響を与えてきたことを実感しています。

記憶の底にいつまでもしっかりと残り、ある事柄にこだわり続ける原因となる幼少期の体験です。
 
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原体験から思いだされる花といえば、菜の花、タンポポの花、ハコベの花である。
これも福島県いわき市で小学校時代を過ごした少年期の原体験が影響している
と思う。

 
不思議とサクラ、つつじ、うめ、もも、などの花は思い出せない。
 
菜の花は、田植え前の田んぼ一面に黄色い花をさかせていた。

ここもかしこもどこの田んぼも黄色い花であるから見渡す限りの
黄色い一面のすばらしいジュウタンであった。
訳は、農家が年明けのまだ早いうちに
田んぼを耕して菜種をまいたのである。

それが、春たけなわには黄色の花を咲かせ、種をつけるその種からは菜種油を
絞ったのである。
そして種だけ収穫した後の葉や茎は、再び田んぼに戻し
すぐにはじまる田植えに向けてふたたび耕すと葉、茎は肥料となったのである。

そして、油を絞った後の種の空殻もまた畑にまくと格好の肥料となりました。
まだ化学肥料などほとんど無いときだったのでずい分と貴重なものだったと思います。
 
タンポポの花は、まだ春とは云えない寒いころから田んぼのあぜ道の南側にいくつも咲いていた。

当然、北向きの陽の当たらないところにはなかった。まだ冬の名残で水分のない
土色の田んぼの中で、小さな黄色い花は遠くからでもすぐに分かった。

未だ菜の花の種をまく前のころである。
 
ハコベに花があったかどうか確かな記憶はない。しかし、植物で花が咲かない訳はないので確か真っ白な小さな花だったと思う。
実は小学生のころ、家では、鶏、ウサギ、ヤギなどをたくさん飼っていた。そのえさには、ハコベが一番だったのである。

当時は、どこの家でも鶏やウサギを飼っていて、その世話は、どこでも子供の
仕事だった。

当然、子供たちも飼っている数を自慢しあった。
また、ヤギの乳で練った生地を自宅で焼くパンは、今ほど食べ物の種類のない時代で最高の味だった。
 
そんなわけでなるべく多くのハコベ刈ることに夢中になっていたので、花の咲いているハコベは頭に浮かばない。

刈るといっても地べたに這うように生えているやわらかいハコベを、両手でむしりとって竹の背負いかごに入れるのである。
しかし、植物であるから花は、咲かすわけである。
 
少年時代の原体験は、生活に密着していてバラ、ゆり、ランなどの華やかなイメージはまったくない。
 
花・人生といえば通常、花も実もある人生、花の人生、
花に関係した仕事に携わる人生と解釈されると思います。
 
私は、勢いの盛りだった時、楽しかった時などの意味でお話してみたいと思います。
 
原体験とは、人間としての礎となるものである。
 
私にとっての原体験と云えるものは、小学生時代をすごした福島県いわき市から始まります。
 
 
 
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